02月04日(水)
平和会館から南西へ約1kmの県道脇に「旧陸軍知覧飛行場 特攻機発進の地」の石碑が建立されています。飛行場には長さ1900mと1600mの滑走帯があり、この場所はその後端に位置します。出発係の合図で特攻機はエンジンの出力を上げて滑走し、飛び立っていきました。現在は住宅地等になって風景は変わりましたがこの石碑が当時の出来事を伝えています。
今日の平和会館
平和会館から南西へ約1kmの県道脇に「旧陸軍知覧飛行場 特攻機発進の地」の石碑が建立されています。飛行場には長さ1900mと1600mの滑走帯があり、この場所はその後端に位置します。出発係の合図で特攻機はエンジンの出力を上げて滑走し、飛び立っていきました。現在は住宅地等になって風景は変わりましたがこの石碑が当時の出来事を伝えています。
当館には戦時中の4式戦闘機「疾風」が展示されています。この機体は昭和19年末に製造されフィリピン戦線で実際に使用された歴史をもっています。平成9年から当館で展示されています。展示室には機体の解説パネルと映像を上映しています。機体とあわせてご覧いただけたらと思います。
知覧特攻平和観音堂の参道に3本の門柱があります。これは知覧飛行場の正門に使用されていたものです。終戦後、移設されて昭和26年から旧知覧中学校の正門として使用されました。昭和56年、統合により学校が閉校になったため現在の場所に移設されました。場所は移っていますが由緒ある門柱です。
知覧平和公園内に奇妙な形をしたコンクリートがあります。これは知覧飛行場の戦争遺跡の一つ「着陸訓練施設」です。特攻基地になる前、知覧飛行場はパイロット養成の場でした。約150m離れた櫓(やぐら)からこのコンクリートまでワイヤーが張られ、それにゴンドラのようなものが下げられていました。そこに訓練生が搭乗して櫓から下に滑走し、飛行機が着陸する時の高度を習得できるようになっていました。