02月15日(日)
陸軍特攻隊員の中には、プロ野球団に所属していた過去を持つ隊員もいました。渡辺静大尉は、在学中に朝日軍のスカウトを受け、公式戦にも出場した隊員です。しかし、戦況の悪化で徴兵検査の通知が届き、陸軍に入隊することになります。
平和会館の遺品室では、渡辺大尉の関連遺品として朝日軍時代のバットと遺筆「思ひ出」を展示しています。
今日の平和会館
陸軍特攻隊員の中には、プロ野球団に所属していた過去を持つ隊員もいました。渡辺静大尉は、在学中に朝日軍のスカウトを受け、公式戦にも出場した隊員です。しかし、戦況の悪化で徴兵検査の通知が届き、陸軍に入隊することになります。
平和会館の遺品室では、渡辺大尉の関連遺品として朝日軍時代のバットと遺筆「思ひ出」を展示しています。

昨日、読売巨人軍の会田3軍監督、若林コーチほか若手選手の皆さんが研修のため当館を訪れました。
選手の皆さんは、語り部の講話を聞き、自身とも年齢が近い隊員の遺影や遺品を見学し、色々なことを感じ学ばれていたようです。
現在、宮崎県都城市でキャンプ中ということです。若手選手のみなさんの今後の活躍を御期待いたしております。
特攻の史実を伝える交流として、平和会館では米国のハワイ州にある戦艦ミズーリ記念館と姉妹館交流を続けています。姉妹館提携で贈られた記念品は、戦艦ミズーリの甲板デッキを再利用して作られており、現在震洋艇展示室で展示中です。
平和会館からは、南九州市の伝統工芸技術を用いた小皿や記念盾などを贈りました。
太平洋戦争末期、米軍の偵察機は知覧飛行場の様子を撮影しました。知覧への偵察任務は1944年12月から終戦直前まで行われ、飛行場の規模や設備の位置などを詳しく調査していたことが伺えます。
館内の震洋艇展示室では、米国国立公文書館に保管された資料をもとに作成したパネルを展示しています。
知覧特攻平和会館に隣接するミュージアム知覧は、毎週水曜日が定休日となっておりますが、本日は祝日のため開館しております。平和会館とミュージアム知覧の両館を見学できるお得な共通券(大人600円,小人400円)も販売していますので、あわせて御見学ください。
先日降った雪もほとんど溶けましたが、とても寒い日が続いています。館内では空調を調整していますが、道中はあたたかい格好でご来館いただけたらと思います。
さて、現在開催中の企画展では、当時台湾における陸軍航空部隊の配置図を大きくパネルにして展示しています。見どころの一つでもありますので、ご来館の際は是非ご覧ください。
昨日の降雪の影響で、知覧特攻平和会館の周囲は雪で覆われています。当館は本日も通常通り開館しますが、道路状況によっては通行止め、バスも遅延・運転見合わせが発生すると思われます。交通情報は鹿児島国道事務所のHP等でご確認ください。

本日知覧は大変寒い朝を迎えております。終日、雪の予報となっております。当館へお越しの際は、足元や路面状況に十分ご注意の上お越しくださいませ。鹿児島市内から当館までのアクセスで通行止め等もあるようですので、出発前に県のホームページなどで道路状況をご確認ください。本日も当館は平常通り開館しております。

今朝の平和会館前の国旗は北風を受けてなびいています。今週中頃は、春の陽気を思わせる気候の日もありましたが・・・一転、天気予報では、今夜から明日の朝にかけて平和会館のある南薩地方でも積雪するとの予報も。
現在は、明日も通常通り開館する予定でおります。開館状況につてはホームページをご確認いただくか、直接お問い合わせいただけますと幸いです。
来館を計画されているお客様は安全を確保のうえスケジュールに余裕をもってご移動、ご来館ください。
特攻平和観音堂の参道に古い灯籠が並んでいる場所があります。その中に戦時中、富屋食堂の女将をされていた鳥濱トメさんが献灯された灯籠が建っています。知覧飛行場が飛行学校として使われた時期は訓練する飛行兵の憩いの場として、特攻作戦中には特攻隊員も食堂を訪れたという逸話が残っています。
平和会館の参道入口近くに「周辺散策図」の看板が立てられています。ここでは1.5kmの散策で見学できる戦跡(油脂庫・弾薬庫・給水塔など)が紹介されています。目の前にグランドがありますが旧知覧飛行場の格納庫跡です。そしてグランドの先、右側に筒状の施設が見えますが給水塔です。このように歩いて行ける範囲にも当時の戦跡が残っています。
平和会館から南西へ約1kmの県道脇に「旧陸軍知覧飛行場 特攻機発進の地」の石碑が建立されています。飛行場には長さ1900mと1600mの滑走帯があり、この場所はその後端に位置します。出発係の合図で特攻機はエンジンの出力を上げて滑走し、飛び立っていきました。現在は住宅地等になって風景は変わりましたがこの石碑が当時の出来事を伝えています。
当館には戦時中の4式戦闘機「疾風」が展示されています。この機体は昭和19年末に製造されフィリピン戦線で実際に使用された歴史をもっています。平成9年から当館で展示されています。展示室には機体の解説パネルと映像を上映しています。機体とあわせてご覧いただけたらと思います。
知覧特攻平和観音堂の参道に3本の門柱があります。これは知覧飛行場の正門に使用されていたものです。終戦後、移設されて昭和26年から旧知覧中学校の正門として使用されました。昭和56年、統合により学校が閉校になったため現在の場所に移設されました。場所は移っていますが由緒ある門柱です。
知覧平和公園内に奇妙な形をしたコンクリートがあります。これは知覧飛行場の戦争遺跡の一つ「着陸訓練施設」です。特攻基地になる前、知覧飛行場はパイロット養成の場でした。約150m離れた櫓(やぐら)からこのコンクリートまでワイヤーが張られ、それにゴンドラのようなものが下げられていました。そこに訓練生が搭乗して櫓から下に滑走し、飛行機が着陸する時の高度を習得できるようになっていました。